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1598年、イヴァン4世の跡を継いだ

フョードル1世が子孫を残さずに死去、リューリク朝は断絶した。宰相であったゴトゥノフ家のボリスがツァーリに選ばれた。しかし帝国は、3年に渡る大飢饉などで弱体化し、国民の支持を失った。1605年帝国内に不穏な噂が流れた。1593年に死んだリューリク家の皇太子ドミトリイの生存の噂がロシア国民の間に広がったのであ..
update:2009年09月11日
【ことわざ365日】
遠きを知りて近きを知らず